最近観た映画 -2016年3月後半〜4月3週
リリーのすべて
★★★★★★★★★☆
光源を意識し、シルクやナイロン、役者自身の肌など、シワの一つ一つまで計算しつくしたと思えるほど素材の質感に徹底的にこだわり抜いた映像美に感動。触り心地は容易に想像でき、また画面を通して香水やその場の空気までもが匂い立ち、映画への没入感を高めている。
トランスジェンダーに苦しむリリー本人ではなくあくまで妻・ゲルダの視点から描くことで、環境の変化に振り回される周囲の人々という、観客にとってわかりやすい感情移入の手段を作ることができている。特に中盤以降、女性としての生の渇望と焦りからやや独善的になっていくリリーとは対照的に、手術のために旅立つ夫を笑顔で見送り決して涙を見せまいとするなど、葛藤しながらも現象に真摯に向き合うゲルダの姿には涙を禁じえない。
手の動きや振り向き方など女性としての所作を完璧にこなし、見事に男女二役を演じきったエディ・レッドメインと、愛する夫の中に潜むもう一人の人格に翻弄され「彼女」との向き合い方を模索し続けるアリシア・ヴィキャンデルの2人は実に素晴らしかった。
★★★★★☆☆☆☆☆
映画としてはヴィランとしてポテンシャルを発揮しきったジェシー・アイゼンバーグの一人勝ち。ベン・アフレックやエイミー・アダムス、ローレンス・フィッシュバーンなど、その他の実力派俳優に囲まれて、ムキムキの筋肉以外主演としての存在感を発揮しきれなかったスーパーマン、ヘンリー・カヴィルには同情するしかない。
バットマンに関しては ハイテク技術を情報処理やビークルばかりに使って肝心の戦闘は忍者仕込みの肉弾戦に頼りきりだったクリストファー・ノーラン版よりも、様々なガジェットを直接戦闘に組み込み、逃げ回りながらも狡猾に戦う今作版のほうが本質的で、何よりも「人類代表」としての側面がより強調されている。
レックス・ルーサーの悪目立ちや伏線というにはあからさますぎる展開を中盤に持ってきたせいで、主演2人の対決というテーマが霞み、あくまで今後のシリーズの「前章」にしかなりえてない。一番の見所となった終盤のハイグレードなCGも今後のシリーズの内容次第では逆に今回の出来の良さが足かせになってしまいそう。
それにしてもどうみてもバット・ケイブよりローテクにしかみえないクリプトン星の宇宙船はいかがなものか。
ロブスター
★★★★★★☆☆☆☆
人間関係や恋愛における欺瞞とコミュニケーションの不和を巧みに描いた秀作。シュールながらも実力派俳優たちが主役・ヒロインをはじめ端役に至るまで配されているので、監督のただの自己満足に陥ることなくその世界観に対する説得力が感じられる。
うわべだけの親友に嫌気がさした女性の人生最後にやりたいことが真の友情を描いた「スタンド・バイ・ミー」を観ることだったり、主人公とヒロインが「禁じられた遊び」のメロディに乗せてコミュニティで禁止されている恋愛に燃え上がったりと随所に皮肉たっぷりな演出がされている。
最後に主人公が取る手段が究極の愛の証明でありつつ、しかし相手との共通点を持つことでしか恋愛関係に発展できない、という極端に屈折した世界観の上に成り立っているというところがキモ。
ボーダーライン
★★★★★★☆☆☆☆
グロテスクだが作り物感を排した屍体や、停車した窓の先に何枚も貼られている行方不明の女性の写真など、麻薬カルテルに支配され腐敗し切ったメキシコの街のリアルを物語るに十分すぎる説得力を画面に与えている。
銃弾一発が心臓にまで響いてくる音響設計や無音と重低音が響きわたる劇伴の使い分け、暗闇でも暗視カメラの映像などを使うことで、緊迫感を最初から最後まで切らすことなく保ち続けることができていた。
ケースオフィサーがはまり役なジョシュ・ブローリンのおかげで観客と同じ立場にヒロインが立ち続け、先の読めない展開への困惑や苛立ち、善悪の狭間での葛藤などのヒロインの感情が実が感じ取りやすくなり、それと同時に終盤になるまでこの一連の事件における「主人公」が誰なのかということが実に巧妙に偽装されていた。
「オール・ユー・ニード・イズ・キル」では歴戦の勇士にしてはパリコレモデルもびっくりなほどストイックに絞り込みすぎていたエミリーだが、若干肉をつけてFBIとしての貫禄を備えていた。
スポットライト 世紀のスクープ
★★★★★★☆☆☆☆
「カトリック教会の腐敗」という日本人には馴染みにくい題材ではあるが被害者のインタビューや統計的なデータなどを挟むことで、話の筋の理解度が増し、役者たちの迫真の演技によりその衝撃度もしっかりと感じられる。特にエンドロールにまでしっかりと演出の手が入っているところが良かった。
奪われたものは何か、誰から奪っていったのか、そして誰が奪い、また知らずと奪ってしまっていたのか。4人の編集員をほぼ平行に扱い、地道な取材を繰り返し事実関係が徐々に明らかになっていくことで、それぞれの立ち位置からの真実との向き合い方が多面的に描かれている。
だが良くも悪くも脚本一本勝負でエンターテイメント性には欠け、小規模な見せ場が連続しているが決定打といえるようなワンシーンの盛り上がりはいまいちで、映画全体としてみれば凡庸な印象しか受けなかったというのが正直なところ。
レヴェナント 蘇えりし者
★★★★★★★★☆☆
ディカプリオの圧巻の演技、その一言に尽きる。確かにこれでオスカー獲れないわけがない。大自然の脅威にさらされる中、瀕死の体で必死で生にしがみつく姿を体当たりで演じきったディカプリオには鳥肌が止まらなかった。
お得意の長回しや、吐く息でレンズが曇るほどの寄り、そして照明ではなく自然光を用いるなど随所にこだわりの光る撮影技法のおかげで俳優たちの迫真の演技に肉薄し、臨場感・没入感を極限まで高めている。特にラストのディカプリオ対ハーディの格闘シーンは、どこぞのスーパーヒーローたちには到底真似できない、屈指の名シーンに仕上がっていた。
ただネイティブとフランス人猟士団の一幕などではカットを挟まないことが仇となって会話が混線し、特に字幕を追いながらでは一体誰が話しているのかわかりにくいシーンもあったのが残念。